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しんごコーチのブログの最後の方の気を〜引き締めて欲しい辺りから思った事を。
これを見て速攻でバガボンドのあるシーンが浮かんできました。
(漫画ネタばっかりですみません。笑)
宮本武蔵が吉岡一門との凄まじい戦いを終えた後、剣をもう続けられないのでは無いかという程の重症を負いました。
その時僧である沢庵が
「目を閉じ、手を合わせた時に見えるものはなんだ?
何を信じて、何に祈る?と。」
宮本武蔵は
「俺の歩いてきた道だ」と。
その時沢庵が少し笑いながら
「まだどこを切り取っても《自分》なのかお前は」
と。
血まみれの手で拠り所は「己」そのやり方ではもう進めないとお前の体は分かってるんじゃないか?と。
それこそ吉岡一門は剣を志すものにとっては歴史もあり超絶強い所で。そこで凄まじい戦いをしているだけに俺は強いであったり我や欲が出てしまっていて。
ただえも言われぬモヤモヤがあるような、強さとは?を自問自答している時期でもあり。
その後飢餓の村に行くことになり《生きる》ということや有難みに気づいていきます。
長くなりましたが正にこれだと思っていて。
武蔵は悪鬼と恐れられていたけど全く人との繋がりがない訳ではなく。
コーチのブログにも書いてあるとおり、一人でやった、なんてものは仏教で言う所の我や自分を捨てられていなく慢心以外の何物でもないありません。
それ+有難みやしてもらった事をまるまる忘れている訳ですからね。
ボクシングだから。とか関係なく、生きる上でしてもらったら返す、恩を送る。
武蔵も剣だから、と思っていたのが飢餓の村にいき、繋がりや生きるを感じています。
そこで人間的な強さであったり、それのお陰で剣も格段に変わっていきます。
なので気を引き締めると言うより再確認として有難みの力をヒシヒシと感じています。
燃えてるけどやるべき事を淡々とやろうと。
やってやります🔥